VERNIERバーニア
Prequel Ⅰ STRANGER

Part Ⅲ


一面のブルー。彼は青い水底にいた。そして、銀色の閉鎖された空間から、目の前の硝子に映るそれを見ていた。彼は操縦桿を握り、潜水艇を操っていた。光の届かない深海の筈なのに、何故かその水はブルーなのだ。時折、潜水艇の前を横切る未知の生き物と青い水以外は何も見えない。水深計の目盛りは既に1万2千を越えている。しかし、まだ海底には届かない。未だ探しているものは見つからない。
(何処だ? 何処にいる? 僕の大切な……)
込み上げる感情……。しかし、その先を彼は思い出せなかった。自分が何を探しているのか? どうしてそこにいるのか? 彼の脳裏に幻が通り過ぎる。それが男なのか女なのか。人なのかそうでないのか、まるで判断がつかなかった。
「とても大切で美しいもの……」
そんな気がした。青い水にふっと透き通った輪郭が浮かぶ。それは彼を招いているようでもあり、拒んでいるようでもあった。どちらにせよ、この青い水の底にあっては、彼も彼が乗るこの人工の機械も異世界の物だ。そんな異物を排斥するように突如として下方からガスが噴出した。

「何だ? 海底火山か?」
舵を取られ翻弄される。混濁していく水と吹き上げられる岩や水の圧力で潜水艇に衝撃が加わる。彼は必死にレバーを操作し、危機を回避しようと努めた。が……。
「駄目だ。コントロールが効かない……! あの時のように……」
(あの時の……?)
そう。彼らは宇宙船に搭乗していたのだ。そして事故に遭遇した。予期出来なかった電磁波の乱れ、そして、座標になかった未知の天体と軌道を持たない小惑星の群れ……。通信機能を失い、機体は大きく損傷し、その重力に引き込まれるように名も知らぬ惑星へと落ちて行った……。

気がつくと、再び目の前に青い水が広がっていた。そこは深い水底で、静かに何かが降っていた。海底に降り積もる白い雪……。
「マリンスノウ……」
それは小さな生物の死骸だった。
(やがて、僕も死ぬのだろうか……? 名も知れぬこの星の中で……)
それは生物の摂理……。生まれては死に、死んではまた生まれる。この果てしない宇宙の海の営みのように……。彼はじっとそれを見ていた。
「綺麗だ……」
その美しい青い水の中に、突然、彼女が現れた。彼は慌てて手を伸ばす。と、彼の身体はすっと硝子を通り抜けて青い水の中へ吸い込まれた。必死にその名を呼ぼうとするが声が出なかった。遠ざかる幻と白い雪……。青い世界は消えて、やがて漆黒の世界へ……。届かなかった想いを抱き締めて彼はベッドで涙を流した。


「おじいちゃん、レインは何処?」
アニーが訊いた。
「また、海でも見に行ってるんじゃないのか?」
老人が答えた。
「それが、何処にもいないのよ。森にも砂浜にも……」
不安そうなアニー。
「心配せんでも大丈夫だよ」
老人はそっと孫娘の頭を撫でて言った。
「だが、そろそろ話す時が来たのかもしれんな」
ふと寂しそうに呟く。
「おじいちゃん……」
アニーが軽く首を横に振る。
「レインが好きか?」
老人が訊いた。こくんと頷く少女。
「なら、彼の未来のことも考えてやらなければね」
アニーは小さく頷くと、静かに部屋を出て行った。


「トニー。ポンムの実をたくさん取って来ましたよ。これを絞ってジュースにしましょう。残った実はオーブンで焼いて今日のお茶の時間にどうですか?」
籠にいっぱいの赤い実を抱えて部屋に入って来たレインはうれしそうだった。
「ほう。そいつはいいね。アニーもきっと喜ぶだろう」
老人はそれを受け取るとテーブルに置いた。
「ところでレイン。これを何処まで取りに行っていたのかね? アニーが心配しとったぞ」
「すみません。ただ、どうしても確かめたいことがあって……」
「確かめたいこと?」
老人が訝しがる。
「アニーのことです」
彼は少女が近くにいないことを確認してから言った。
「お墓を見に行って来たんです」
レインの言葉に老人はただ黙って赤い実を見つめた。

「それで、君は何を見たのかね?」
ノーマンの言葉にレインは間髪を入れずに答えた。
「アニーとその両親のお墓です」
「そうか……」
老人は浅いため息と友に返事した。
「教えてください。あの子のこと。この間、彼女に怪我をさせてしまった時は気がつきませんでした。サイボーグなんて珍しくないし、現に僕だって……。でも……」
老人は幾つかの実を籠から出すとテーブルに並べた。部屋の隅ではぬいぐるみのドリーがそんな老人の手元を見つめている。時計の数字が微かにフラッシュして時を告げる。老人は振り返って彼を見つめた。それから、ゆっくりと口を開いて言った。
「アニーは……あの子は、わしが造ったアンドロイドなんだ」
「それじゃ……」
「そう。本物のアニーはもう10年も前に死んだ」
そう言うとトニーは手で顔を覆った。

「それで、お墓に刻まれた年号が合わなかったんですね?」
老人が頷く。
「でも、どうして……? 何故みんな死んでしまったのですか? ここはこんなにも人間が生きて行くのに快適な星なのに……」
「人間というものは快適過ぎても堕落するものなのじゃよ」
「何故です?」
レインには納得がいかなかった。
「ここに来た当時は皆、自ら考え、助け合って行動していた。しかし、時間が経つにつれ、ここが人間にとって過ごしやすい場所だとわかった。気候も安定し、食べ物にも不自由しない。宇宙船にはまだ物資が豊富に残っていたし、たまに天敵の獣が現れたとしても、彼らは夜行性だから明かりを灯しておけば問題ない。まさしく楽園のような星だったよ」
「それなのに何故?」
「安全だとわかると危機管理を怠って油断が心に生じる。また、安易な刺激を求めて冒険する者なども続出し、事故が頻発するようになったんだ。そうかと思えば、争いごとを仕掛けたりと仲間うちでのいざこざが耐えなくなった。そして、欲得に走った連中がくいを打って土地の所有権を主張し、銀河連邦に自治を認めさせようという者まで現れた」

「銀河連邦に? でも、通信手段がないからと……?」
「そう。結局はどうあがいても連邦に連絡することは出来なかった。ここは座標から漏れた星なんだ。磁場が強くてね、どんな電波も通さない特殊な構造を持っている。一度はアンテナと通信機器を搭載した小型の衛星を成層圏まで撃ち上げたことがある。が、それもすぐに壊れ、成功には至らなかった。もしかしたら、ここは本当に宇宙の孤島なのかもしれない。未だに調査が入らないということは……。いや、もしかしたら、君がこの星の調査の任務を負っていた者なのかもしれないね」
「いえ、残念ですが、そうではないと思います」
レインは言った。
「はっきりとは思い出せないのですが、座標にない星に吸い込まれて落ちた……そんな気がするんです」
「そうか。だとすると、ここは正に魔の惑星なのかもしれんな。近くを通り掛かった船のレーダーを狂わせ、星に引き込んでじんわりと殺す。甘い罠を張って待つ食虫植物のように……」
「星が……人を殺す……?」

レインは、森に生えていた大きくて魅惑的なあの植物を思い出してぞっとした。植物は捕らえた獲物に溶解液を掛けて消化し、栄養にする。それと同様に、この星は人間が自ら自滅の道を辿るようし向け、じっと見守る。星と人間……。一体どちらが賢いのだろうかと考えさせられてしまう。この星の自然が美しいのは獲物をおびき寄せる罠なのだとしたら……? そして、捉えた者達から吸い取った栄養によって、その美を誇らしく栄えさせているのだとしたら……? ここは人間が踏み入れてはいけない場所だったのかもしれない。宇宙には未だ人間の知の及ばない星が数多く存在しているのだ。

「この星に長くいてはいけないよ、レイン。星は人を狂わせる。大勢いた仲間は徐々に減り、物資も底を突いていった。水や食料はこの星にもふんだんにあったが、心を満たす物がなくなって自滅していった。追い討ちを掛けるように発生した流行病がそれに拍車を掛けた。その病は、突如として理性を失くし、凶暴化して他人を襲うという、最悪の症状を引き起こした。原因はわからず、治療法もなく、発症すると2週間ほどで皆死んで行った」
「トニーは大丈夫だったんですか?」
レインが訊いた。すると老人は苦笑して答える。
「ああ。わしも……この身体はアンドロイドなのじゃよ」
「え? 何ですって?」
「いや、正確に言うならヒューマノイドと言った方がよいのかな? 身体は機械だが、脳は人間のアントニー ノーマンのものだからね」
「そうだったんですか……」
老人の言葉にレインは少なからぬ衝撃を覚えた。

「なら……いずれ、僕もその病に侵されるかもしれないということなのですね?」
「ああ。それに……」
老人が言い掛けた時、突然アニーが入って来た。
「見て! レイン、おじいちゃん、わたし、お花で冠を作ったのよ」
きれいに編み上げた蔓草の花飾りをレインの頭に乗せて微笑んだ。
「素敵よ、レイン。そうしてると本物の王子様みたいに見えるわ」
「アニー……」
この美しい少女が作り物なのだとは到底思えなかった。銀河系の何処を探しても、これほど精巧に造られた人形はいないと彼は思った。


それから少しずつ、レインは宇宙船の改造を始めた。スペースリバー号を動かすのは難しかったが、搭載されていた小型の船を修理すれば辛うじて使えそうだった。二人乗りのその船にも、小型ながらワープ機関が備わっていた。ただし、燃料その他の関係からその回数は限られ、飛行距離も極度に短い。余程慎重に目的地への経路を選ばなければ、それこそ永遠に宇宙を彷徨うことになるだろう。この星を脱するということは命懸けの賭けでもあった。
「アニー、君も一緒に行かないか?」
レインが言った。しかし、彼女は悲しそうに首を横に振った。
「わたしにはおじいちゃんがいるから……」
「そうだね……」
彼は来る日も来る日も黙々と作業を続けた。

「直りそうなの?」
アニーが訊いた。
「多分……」
彼はそう返事したが、実際、すべての作業を一人でこなさなければならない。それには常に根気と困難を伴った。ましてや、失敗は許されない。いっそのこと、この星に留まってアニー達と暮らせたらとも考えた。ここを出て行ったとしても、彼には頼るべき者がいないのだ。自分が何処の誰なのかもわからず、果たして上手く脱出出来るかさえもわからないような賭けを本当にする必要があるのか、彼は海に呼び掛けた。そこに眠る幻の人に……。が、寄せては返す透き通る波のブルーは、彼に何も答えてはくれなかった。


「テスト飛行をしようと思います」
しばらく経ったある日、レインが言った。
「直ったの?」
うれしくもあり寂しくもある、そんな複雑な表情を浮かべてアニーが訊いた。
「いや、まだだよ。でも、大気中を飛べるようにしたから、実験を兼ねてこの星のことを少し調べてみたいんだ」
レインが言った。
「燃料は大丈夫かね?」
「太陽パネルを設置しました。ここの光は強いから不自由はしませんよ」
「ねえ、わたしも乗せてくれる?」
アニーが言った。
「いいよ」
レインが答えると彼女はきらきらとした笑顔を向けて言った。
「わたしね、飛行機に乗ったことってないの。だから、一度空へ行ってみたかったのよ」
そんな笑顔が眩しいとレインは思った。光の中の更なる光……。

「そうだ。まだこの星の名前を決めていませんでしたね」
レインが言った。
「なら、あの輝く太陽をアニー、そして、この惑星の名前をノーマンにしませんか?」
「え? どうしてわたしが太陽の名前なの?」
アニーが訊いた。
「君の笑顔は太陽みたいに輝いているから……。恒星アニーに守られた惑星ノーマン……。ね? どうです? いいアイデアでしょう?」
「ははは。何だか照れるなあ」
と老人は言い、

「それじゃ、レインは? レインの星は何処にあるの?」
と、アニーが訊いた。
「僕の星は……。きっとこの空の何処かにあって小さな光を放ってる。それは、あまりに小さくて見えないかもしれないけどね」
「そして、そこには王子様がかぶせたガラスの囲いに守られて、星の薔薇が咲いているのね」
うれしそうにアニーが続ける。レインはそうだねと頷こうとして、チクリと心が痛んだ。
(守りたかった星の薔薇……そして、守れなかった僕の大切な……!)
――おお……!
失くしてしまったその影を想い、彼は心の奥で叫んだ。が、その叫びさえ、現実という荒波が容赦なく打ち砕いて行く……。

「海を飛ぼう」
レインが言った。何処までも続くこの海の果てを、そして、そこに眠る秘宝を見ようと彼は飛び立った。
「わあ! 何て美しいの! まるで星全体が水色の宝石みたいだわ」
アニーが言った。
「そうだね」
しかし、本当に美しいのは、それを見て素直に感動することが出来る心を持った少女の方なのだとレインは思った。


惑星ノーマンは思ったより小さな星だった。直径はおよそ地球の4分の1。大陸は一つ。他に小さな島が点在するのみ。あとは青い海が一面に広がる水の惑星だった。陸地に人がいないかと何日もかけて探索したが、やはり、老人とアニーの他に存在している者はなさそうだった。
そして、もう一つ彼がこの星で調査したかったこと。それは自分が乗って来た宇宙船の捜索だった。それが見つかれば、自分が何者であったかの手掛かりになる。一緒に搭乗していた者の存在も明らかになるだろう。遺体でも見つかったなら、せめて墓を作り、弔ってやりたい。そう願った。しかし、いくら海を見渡しても、陸を調べてもそれらの残骸は見つからなかった。墜落の衝撃で機体は砕け、深い海の底へ沈んでしまったのかもしれない。彼は諦めて引き返すことにした。
だが、一つ宇宙へ出る時の手掛かりになったこともあった。磁場の乱れには周期があったのだ。その周期と角度を計算で割り出せればリスクが減る。

「それがわかっただけでもメリットかな」
彼は機首を回して戻ろうとした。その時、大陸の外れの沿岸にキラリと光る何かが見えた。それは明らかに人工物の光である。彼は急いでそちらに向かった。そして、荒野に機体を着陸させると海岸へ走った。
今日は彼一人だったので、少しくらいの無茶をしても小言を言う者もいない。そこは、着陸地点からかなり距離があった。身体に不可が掛かったが、何とかそこに辿り着いた。
近くに行って見ると、それはやはり人工物の一部だった。元が何だったのかは判別出来なかったが、平面と曲線の金属板にランプや細い配線が露出している。黒く焼けた金属には剥げ掛けた赤い塗装の一部がへばり付いていた。
「何だろう? 機体の一部かな?」
ほとんどの部分は錆びたり焼けたりしていたが、小さな部品の塊はボックスに覆われているところも有り、もしかしたら使える部品があるかもしれない。そう思ってレインはそれを持って帰ることにした。それにしても、ここに部品が流れ着いているとすれば、この近くにもっと他の部品もあるかもしれない。レインは懸命に砂浜の周囲を探した。が、結局、何も見つからず、海に入ることが出来ない彼にとって、それ以上の探索は不可能だった。


「それなーに?」
レインが持って帰った物を見てアニーが訊いた。
「僕にもよくわからないけど、恐らくコンピュータか何かの一部じゃないかと思う」
「それでどうするの?」
「使える部品があればもらっておく。ここでは、こういった人工部品は貴重だからね」
彼は塊のようになっているそれを丁寧にばらす。そして、幾つか使えそうな部品をボックスから取り出すとテーブルに並べた。
「何かわかったかね?」
老人が言った。
「いえ。でも、これは何かのメモリーじゃないかと思うんです」
レインが小指の先程の丸い物を摘んで言った。
「ああ。確かに記憶回路のチップのようだね。再生出来るかね?」
「わかりません。でも、試してみる価値はあります」
彼は立ち上がり、歩き出そうとした。
「うぐっ……!」
身体が上手く動かなかった。鋭い痛みが胸を突き、彼は意識を失った。


「おじいちゃん……?」
ベッドで眠るレインの顔を覗き込みながら、アニーが心配そうに問う。
「うむ」
老人も難しい顔で頷いた。
「組み込んだバッテリーの電圧が下がっている。やはり、旧式の部品を繋ぎ合わせたのでは無理があったようだな」
「無理? それじゃ、レインはどうなるの?」
「一刻も早くこの星から脱出させ、新しい部品へ交換しなければならない」
「でも……」
ノーマンは頷き、レインの身体を調べた。
「回線が2箇所ショートしてる。どうやら少し無理をして圧力を掛け過ぎたようだな。もともと古いストック品だからね、劣化して切れやすくなっているんだ」
「それじゃあ、レインに言って聞かせなきゃ。無理しちゃ駄目ですよって……」
「そうだね」
ノーマンが笑う。が、彼にはもっと深刻な問題を解決する必要があった。

「ショートした回線は取り替えた。だが、バッテリーのストックはない。これが漏れているとすると命にも関わる大事だ」
老人は身長に調べた。が、やはりそこから僅かに漏電が起きていた。
「こいつはいかん。すぐにバッテリーを交換しなければ……」
だが、そのストックはない。
「おじいちゃん、わたしの内臓バッテリーを使って」
アニーが言った。が、老人は首を横に振る。
「いいや、駄目だ」
「何故? わたし、レインを助けたいの。生まれて初めて出会ったお友達なのよ。彼と一緒にいられてとても楽しかったわ。だから、どうしても彼を助けてあげたいの」

「しかし、レインはここから出て行こうとしているんだよ」
小さな子供を宥めるように老人は言った。
「構わないわ! それがレインの希望なら……。わたしは消えたって構わない! 彼は生きたがっているんだもの。ねえ、お願いよ。レインを死なせないで、おじいちゃん」
「アニー、おまえ……」
じっと老人を見つめる彼女の瞳に涙が浮かぶ。
「愛してしまったんだね、彼を……」
ノーマンはそっと彼女の髪を撫でた。
「叶わないってわかってる。でも……それでもいいの。レインがここを出て行って、わたしのことを忘れてしまっても構わない。それでも、わたしは彼が好き。レインのことを愛しているの」
「アニー」
「だから、わたしのバッテリーを使ってちょうだい」

しかし、老人は首を横に振った。
「何故……!」
悲痛な顔で少女が言った。
「おまえは彼に付いて行きなさい。彼にはわしの命を分けてやる」
「おじいちゃん!」
「わしはもう長いこと生きて来た。最後に若い者のために役立たせてくれ。どちらにしても、もうあまり寿命がなかったんだ。ここでは新しい電子部品は手に入らない。そろそろ限界だ。それにね、バッテリーを取り外したとしてもすぐに動けなくなる訳じゃない。逐電されていたエネルギーがゆっくりと消化され、徐々に機能が停止して行く……。正に老衰といったやつさ。それこそ人間として本望な死に方さ」
「ううん。それは駄目よ、おじいちゃん。わたし達はずっと一緒。そうでしょう?」
そうして決断は下された。老人はバッテリーを、アニーは逐電エネルギー用のチューブを1本レインに与えた。そのことで彼らの寿命は大幅に短縮されるだろう。が、レインが生き延びることで希望が繋がる。自分達の意思や想いも引き継がれて行くのだと信じた。そうして、レインの命は救われた。が、彼にその事実は知らされなかった。


「いいかね? レイン。このIDを使えばピガロスの宇宙港へ入港出来る。なるべく早く正規の病院で治療を受けなければいけないよ。君の身体に組み込んでいる部品はどれも旧式で劣化しやすいんだ。バッテリーもあまり長持ちはしない。くれぐれも無理をしないように……。いいね?」
ノーマンは何度も念を押すように言った。
「わかりました、トニー。あなた方の恩は一生忘れません。本当にありがとう」
そう言うとレインはノーマンと、そして、アニーの手を握った。
「さようなら。レイン。幸せでいてね」
「愛してるよ、アニー。出来れば君を一緒に連れて行きたい……」
レインは彼女を抱いてキスをした。
「ありがとう。うれしいわ。最高に幸せ。でも、わたしはやっぱりこの星に残ることにしたの。おじいちゃんの傍に……」
それが彼女の決意だった。

「必ず迎えに来ます。それまでお元気で……」
レインが言った。老人は頷き、アニーはポケットから虹を取り出して渡した。それは、この星で見つけた岩石からレインが削り出した水晶の欠片だった。
「一つ持って行って」
「でも……」
「この星の思い出を閉じ込めた虹……」
「ありがとう。大切にするよ」
レインはそれを大事そうに握ると胸のポケットに入れた。
「さよなら……」

そうして、彼は小さな宇宙船に乗り込むと一気に空へ飛び立って行った。一面のブルーに輝く星の水平線に掛かる虹を、遥か眼下に臨みながら……。

Fin